2024年9月22日日曜日

令和6年9月23日 札幌市医師会邦楽大会 小生の演目

9/23(月) 13時半から 札幌のホテル ライフォート札幌 で行います。

小生の出番は14時頃です。
幌市中央区南10条西1丁目 (中島公園前)

今日は以下の4曲を披露させていただきます。

琉球三線について

沖縄全図。
沖縄の三線といっても場所によって大きく4つに分かれます。
沖縄本島を中心とする 本島民謡
宮古島を中心とする 京都民謡
奄美を中心とする 奄美民謡
そして私が習っている
石垣島を中心とする 八重山民謡です。

 三線では、石垣島中心とした地域の歌 すなわち「八重山民謡」を主に勉強しております。

1.  鳩間節
鳩間島の唄です。















2. 少年時代の情景より 函館の七夕まつり



小生の故郷の函館の七夕は7月7日
7月7日の七夕の日に,子供らは何人かでグループを作り提灯を持って,「竹に短冊(たんざく)七夕祭り,おおいはいやよ,ろうそく一本ちょうだいな」と歌いながら,家々を回るのである.そのような習慣があった.

 私も,その日には,ミルクの空き缶など大きな缶の側面に穴を釘を金槌で打ちながらいくつも開けて,カンテラを作った.缶の中にろうそくを立てて皆で仲間と回った.たくさんろうそくをくれる家もあれば1本ずつしかくれない家もある.

 大体,6時か7時くらいから始め,9時か10時頃まで回ったろうか.時間が遅くなるともらったろうそくで袋がずっしりと重くなる。それがうれしい。

 翌日は学校で,何本ろうそくをもらったか,皆で自慢しあうのである.

 七夕の日に回るのは大変楽しいので,七夕の日が雨であると悲しいのである.雨が多少降ってももちろん回っていた.雨で中止した記憶は私にはない。

 子供らはだいたい幼稚園の頃から,小学6年生まで回るのである.
 私は勢いで中学1年の時にもまわって歩いた.中学2年からはさすがに格好が悪いと思ったのか辞めた.


3.  大浦越路節(うふぁら・くいつぃ・ぶすぃ)

①大浦越地道なか ゆさまざぬ道なか (ハヤシ)イラヤゥティバ シュヌマイヤゥ

訳:大浦越路(こっちは路になってますねぇ)という山道に、ユサマザヌという坂道に

②なさま布はゆかば 宮童絹引ちゅかば
(美人で名高い)ナサマが布を敷き延べ、乙女達が絹を敷き述べたように丁寧に、

お役人様をお迎えします。どうぞおいてでください。

解説:西表島西岸の崎山村と鹿川村の間に大原峠とユサマザという足場の良くない道がありました。お役人様が村を訪れる際、村の幹部がお出迎えをして美人の娘達はお役人様の乗る籠に付き添い、または手を引いてお供する習慣を歌った歌。それは絹の布の上を歩くような心情だと歌っている。

お役人様には逆らえない村人の卑屈な悲しみを歌っているのだが、メロディーは、荘重である。
 八重山民謡にはこのような曲が多い。それが魅力である。


4.  道南口説節


目の不自由な瞽女(ごぜ)さんが、列になって恵山から函館を越えて松前まで、暮らしを立てるために歌いながらいろいろな家を回ったという唄。

オイヤサーエ
オイヤ
私ゃ道産子の荒浜育ち 
声が悪いのは親譲りだよ
節が悪いのは師匠無い故に
一つ歌いましょう はばかりながら
オイヤ
上でゆうなら矢越(やごし)の岬よ
下でゆうなら恵山(えさん)のお山
登り一里で下りも一里
恵山お山の権現様(ごんげんさま)よ




2024年9月12日木曜日

たらくじ と 蔵ぬ花 の弾き分け、唄い分け

 那覇の八重山古典民謡保存会の新人賞のコンクールに参加しました。

手堅く受かることができました

新人賞だから、新人さんがいっぱいいるのかな、と思っていたら

けっこう、キャリアのある 力のある人が多くいらっしゃって驚きました。

17人受けて14人合格しました。私もその一人に入ることができました。

やはり嬉しいものです。

ここ12年。石垣島の八重山古典民謡保存会のコンクールや教師免許を受けてきましたが、落ちてばかりいましたので、久しぶりの合格は気分の良いものです。

 また、新人賞の曲をじっくり新城先生に教えていただいたこと、また、自分でも一から勉強し直せたことは大変良かったと感謝しております。

 今、来年3月の教師免許に向けて、たらくじ と 蔵ぬ花 の弾き分け、唄い分け、ができる様にお稽古しています。

 釣られてしまうところが2箇所ある。これを克服したいですね。


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